2011年2月25日金曜日

中国語は英語と日本語の間(2)

動詞と目的語以外の語順に関しては、中国語はむしろ日本語に近い。

日本語 : 私は昨日彼の家で食事した
英語   : I had a dinner at his house yesterday
中国語 : 我昨天在他的家吃饭

中国語で、いつ、どこで、に相当する語句の文中の位置は基本的に日本語と同じである。

私は中国語を話す場合、語順が英語とごっちゃになってしまって、

「我吃饭在他的家昨天」

みたいな間違いをすることが非常に多い。

おそらく、

「日本語以外を話す」→「英語を話す」

という図式が私の中の脳にできあがってしまっていて、中国語を話すのと英語を話すことの区別がうまくできないからだと思われる。

なので、いま「中国語って英語に近いんだよね」という意見を聞くと、「そんなことはない!」と反論したい気持ちになるのを抑えるのに苦労している。

2011年2月22日火曜日

中国語は英語と日本語の間(1)

中国語文法を説明するのによく使われる言葉に

「中国語は英語と同じで、主語+動詞+目的語の順番」

がある。

確かに、動詞の位置、否定を意味する言葉(不、没)の挿入位置は英語に似ている。

日本語 : 私は本を読む(読まない)
英語   : I (don't) read a book
中国語 : 我(不)看一本书

あと、前置詞(介詞)句の作り方も、

日本語 : あなたの家で
英語   : in your house
中国語 : 在你的家

と介詞が前に来るところが、英語に似ている。

一方、中国語は日本語に似ているところもある。例えば疑問文。

日本語 : あなたは学校に行きますか?
英語   : Do you go to school?
中国語 : 你去学校吗?

英語は、文を話し始める際に疑問文であることを明確にする必要があるが、日本語と中国語は文の最後まで聞かないとわからない。

また、条件節を作る際、

日本語 : (もし)あなたが行くのであれば
英語   : if you go
中国語 : (如果)你去的話

英語では節の最後の変化だけで条件節にすることはできない(最初にifやsupposeをもってくる必要がある)が、日本語や中国語は、最初に「もし」や「如果」を使うoptionもあるが、使わなくとも最後に「であれば」「的話」を付加することで条件節化することができる。

あくまで感触としてだが、

日本語は「文の最終段で意味を確定することが多い」
英語は「文の頭の部分で意味を確定することが多い」
中国語は「両方の場合がある」

ように思われる。

2011年2月18日金曜日

簡体字の壁(2)

今回は、簡体字と日本の漢字の「微妙な差」について書いてみる。
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偏とつくりで構成される漢字で、偏の画数が多いものは簡略化されるケースが多い。

糸偏      纸 = 紙
食偏      饭 = 飯
金偏      铁 = 鉄
言偏      话 = 話

このように草書体っぽく簡略化されたものは書くのが難しい。
特に簡体字の言偏は、何回やってもバランスよく書くことができない。

さらに細かいものとして、たとえば

  经 = 経

のつくりは、日本語は「又+土」なのに対して、簡体字は「ス+エ」。
いったいこれは簡略化された結果なのか。

あとよく見るのは、

  宫 = 宮
  海 = 海

宮は、口と口の間の"ノ"が簡体字にはない。
海は、このフォントだとよく見えないが、真ん中の縦線が簡体字では2つの点になる。
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日本語もそうだが、いま中国語を書く場合は、ほぼすべてPCや携帯を使用するので、
手書きの文字を書いて、かつその微妙な差を問題にされるケースは
HSKや中検のような試験ぐらいしか存在しないので、
実際は「見てわかれば十分」である。

と思って甘く見ていたので、HSK初中等を受けたときは、
簡体字がきちんとかけなくて総合の点数はやはりよくなかった。

2011年2月15日火曜日

中国語が使えるかどうか

今日、上海の地下鉄駅で電車を待っていたら、
大きな荷物を持った青年に話しかけられた。
「ちょっと聞きたいのですが...」

話がずれるが、私は海外で道を聞かれることが多い。
アメリカでも、イギリスも、いまの中国でも。
中国では、まあ中国人と見かけの区別はつかないからわからないでもないが、
なぜイギリスでまで...

さて、本題に戻る。

その青年は私に、
「xxxにはどうやっていけばよいのか? この電車に乗れば行けるのか?」
と尋ねた。

しかし、「xxx」のところが聞き取れなかったので、やむを得ず、
「わかりません」と答えると、私の後ろにいたおばさんが、
「あー、そこはねえ、二号線に乗り換えるのよ。
ここは4号線だから"世纪大道"まで行って、二号線に乗れば"龙阳路"につくわよ」

"龙阳路"は、毎日通勤で通っているところだ。

あの青年は絶対"龙阳路"という言葉は使っていなかった。
もしかして、"リニアモーターカーの駅"などと言っていたのだろうか。

ほとんどわかっているのに、最も大切な部分が聞き取れず、
結局、全く聞き取れないのと同等の結果になった。

中国語が実用になるかならないかの差は、
ほんの些細なものだが、そこを乗り越えるまでにはまだ遠そうである。

2011年2月12日土曜日

簡体字の壁(1)

4年前、上海への赴任を命じられた。

それまで、中国語の知識はゼロ。

とりあえず「中国語入門」を本屋で買って持ってきた。
「中国も日本と同じく漢字を使用しています」
などと書いてあるわけだが、これを真に受けてショックを受けることになる。

中国で使われている漢字、簡体字は、記号にしか見えなかったからだ。

もちろん、日本で使われているのと同じ漢字も多いので、部分的にはわかる。

しかし、簡体字は、ものによっては省略のされ方が半端ではない。

"業"という字は簡体字では"业"になる。あんまりだと思う。

その一方で、「試合に勝つ」の「勝つ」を意味する"赢"という字などをみると、
「"業"はこのままでいいから、こっちを簡単にしてくれ」と言いたくなる。

ちゃんと勉強しなかったせいもあるが、簡体字をきちんと漢字として
自然に認識できるようになるまで、一年という時間を要した。

2011年2月10日木曜日

はじめに...

中国語と関わるようになってから既に4年近くが経つ。

それでも、未だに日常会話でさえも満足にこなせないレベルである。

最近上達が目に見えなくなって、思い切り下がってしまったモチベーションを引き上げたい、というややnegativeな目的のためではあるが、これから、いままで中国語をどのように学習してきたかを振り返りながら、現在進行形の内容についても少し書いていきたいと思う。

中国語学習に関する情報は既にネット上に溢れるほどあるので、ここに書かれるであろう内容に新鮮味があるとも思われないが、もし縁があって読まれた方が多少なりとも共感していただけたりするのであれば幸いに思います。