2012年6月29日金曜日

読書 三国演义 青少美絵本 (2)

まず、この本はいままで買った本に比べて値段が高い。

小説類はすべて15~20元程度なのに、これは40元ぐらい(39.8元)する。
ページ数も全部で370ページほどで、小説と大差ないのに。

しかも、青少年向けということだからか、数ページ毎に挿絵がある。

ちなみに、この「三国演义」は、「中国古典文学四大名著」シリーズの1つで、
他の3つとは、「水滸伝」「西遊記」「紅楼夢」だそうだ。

先日、中国語会話の先生に「四大名著」の話をちらっとしたら、
「私は紅楼夢が一番好きだ」と言っていた。
 先生は女性なので、戦うことを主眼とする他の3つは面白くないのかもしれない。
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さて、まずは「三国演义」の目次を見てみる。

「第一回   宴桃园豪杰结义 战黄巾刘备立功」から始まり、
「第六十四回 入西川二士争功 降孙皓三国归晋」で終わる。


「章」でも「節」でもなく「回」であるのが不思議である。
テレビドラマみたい。


第一回は9ページから始まり、第六十四回が終わるのは366ページ。

つまり、「一回」あたり6ページ弱、ってことだ。

特に外国語の本を読むとき、こういった章とかの単位が短いことは
読みやすさにとってとても重要である。


しかし、目次を見ただけで、内容の難しさが想像されるので、

「でも"刘备"っていう名前は聞いたことがあるぞ」
「確か台北の空港は" 桃园"とかいう名前だったけど、関係あるのかな」

などと、頭の中にある記憶を総動員して親しみやすさを演出してみる。

果たしてちゃんと読めるだろうか...

2012年6月25日月曜日

読書 三国演义 青少美絵本 (1)

日本では、三国志は名前を聞いたことがない人はいないぐらい有名であるが、
私にとっては「ちょっと気になってはいたけれども、
入っていきにくい世界」だった。

私が大学に行っていたのはもう25年ぐらい前だが、その時の同級生に
「吉川英治の三国志を全部読んだ」と豪語している人がいた。

本屋の文庫本コーナーに行けば必ず目にするので、その存在は知っていたのだが、
当時、それは本屋の棚の一段をまるまる占領するぐらい大量の巻があったように
記憶している(さっきwikipediaでみたら、実はたった10巻だったようだが)。

いくら面白くても、そんな全部で何冊あるか分からないぐらい大量の文庫本を
読むなんて、途方もないことに挑戦する気力はまったくなかったし、
当時私の興味は「中国よりアメリカ」だったので結局手をつけなかった。

それ以来、そのままになっていたのだが、中国に来てから、
三国志の話題がでることが多くなった。

ちなみに、三国志は本家中国でも同様に有名なのだが、必ず「三国演义」と言葉が
使われ、「三国志」や「三国志演义」という言い方は聞いたことがない。

日本のwikipediaによると、厳密な定義があるようだが、まあそれはそれとして、
中国で一般的にこの話題に触れるときは、「三国演义」と言ったほうが
通りがよいと思う。

中国語の勉強のときも、先生は「日本人もよく知っている中国の歴史」ということで、
三国志の登場人物とかの話をするときがある。

また、中国国内旅行する、というときも
「どこそこは三国志ゆかりの地で...」
みたいな話になることがある。

さらに、数年前「赤壁」という映画があったが、私はそれが三国志と関係あるとは、
中国語学校の先生に聞くまで全然知らなくて、かなり恥ずかしかった。

というようなことがあったせいで、

「せっかく中国にいるんだし、三国志を読もう。大人向けは難しすぎだろうし、
しかも長すぎるだろうから、簡単な子供向けの」

とずーっと思っていたのだが、先日いつもの中山公園駅の近くにある本屋の
児童向け本コーナーで、ついに購入してしまった。

2012年6月22日金曜日

"あー?"

ほんのちょっとしたことなのだが...

例えば、相手の声が小さかったり、周りがうるさかったりで
よく聞こえなかったとき、日本語だと"えっ?"というように聞き返す。

中国の人はこういうとき"あー?"という。
携帯で話している人が多いこともあって、
外を歩いたり乗り物に乗ったりしていると、頻繁にこの"あー?"を聞く。

文章だとうまく伝わらないのだが、この"あー?"は、
日本では(かつての)不良学生だとか、あるタイプの方々が
「なんだよ、文句あんのか」
という意味で発する"あー?"と100%おなじトーンなのである。

中国の人と話していて、面と向かっていきなりこの"あー?"を言われた日本人は、
気の弱い人は萎縮するだろうし、気の強い人はけんか腰になってしまうだろう。

私の場合、中国語をあまり話さないこともあって、
直接自分に向かってこの言葉を言われたことは少ないのだが、
それでも例えばタクシーで行き先を告げたときなどに、
運転手からこういう反応を受けることがあり、頭では
「これはそういう意味ではなくて単に聞き返してるだけなんだ」
と分かっていても、動揺は抑えられない。

習慣の違いというは、ときにやっかいなものであり、
背景や意味を正しく理解することによってのみ(理性を使って初めて)、
乗り越えることができる、と思う。

2012年6月19日火曜日

新HSK(31) 高級 結果

まだ試験日(5/20)から30日経っていないが、今日(6/18)試しにHSKサイトを
確認してみたら、もう結果が出ていた。
さすがに、試験受ける人が少ないだけのことはある。

以前書いたように、試験当日の印象があまりに悪かったため、
全く期待はしていなくて「あれで何点なのだろうか」という興味しか
なかったのだが、結果はなんと63点で合格。



とはいえ、「わーうれしい」という感じでもなく、心境はかなり複雑なものがある。

自分では「まあ50点ぐらいかなあ」と思っていたので、
結果を見て「いったいどう採点をすれば63点がつくのだろう」という
採点方法への疑問が、前にも増して大きくなっている。

まともに答えられなかった私がこの点数ということは、
きっと他に受けた6人は全員合格しているに違いない。

もう当分試験勉強しなくてよい、という開放感から、
この1ヶ月間すっかりHSKのことは忘れていたのだが、
試験のときの状況を思い出し、無理やり分析をしてみよう。

点数配分予想は、前に書いた(ケース2)を前提として、
63点になるような採点を逆に考えてみる。

※点数配分はあくまで予想です。

"听后复述"は、3問中3問とも結論が全く理解できなかったが、
多少部分点がもらえていたとして、
8/15点、7/15点、6/15点ぐらいで、合計21/45点。

"朗読"は、まあそれなりの点数はついているであろう。12/15点ぐらい。

"回答問題"は、15点、15点、といったところで、合計30/40点。

これで一応63点になる。こんな感じだろうか。


"回答問題"は六級の作文のときと同様「内容は稚拙でもよいから、
とにかく構成だけは整えて時間内に終わらせること」が最も大切なのだと思う。
これは、多少練習すればすぐ慣れる。

作文と違って通勤途中でも、お風呂の中でも、お茶飲んでるときでも練習できる。
一回練習したって3分以内に終わるから、やる気だけの問題である。

まずは合格を目指す、という状況の場合、問題集の模範解答みたいな立派な回答は、
あくまで高得点を目指す人のためのもので、「いまの自分には関係ない」と
割り切る気持ちが必要であろう。

"朗読"も、単調にならないように注意しつつ「とにかく時間内に
全部読みきること」が重要なのだと思う。ピンインや声調間違いのせいで
速度が落ちたり止まったりしないように、「多少の間違いは当然」ぐらいの
心構えを持ったほうがよさそうである。

具体的には、私の場合、"听后复述"あとの十分間の準備時間の半分ぐらいを
"朗読"準備に費やした。

読み方のわからない漢字にはピンインと声調を推測して書き込むとか、
ある程度わかっている漢字でも、できるだけ声調だけでも書き込むことで、
読む2分間は読むことだけに集中するためである。

練習のときによくあった、読んでいる最中に迷って時間を無駄にする、
ことを出来る限り避けたかった。

時間内に読む、ということに関しては、このやり方は成功したと思う。

"听后复述"は、ストーリー全体が理解できなくても、聞き取れたところだけ話せば
部分点は獲得できる感じなので、わからないところが多くてもあきらめず、
分かったところだけでもとにかくがんばって話す、ことが大切だと思う。
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ということで、六級も高級もかなり心残りはあるものの、
新HSKはこれでいちおう終了ということになった。

2012年6月15日金曜日

"斯诺克"(スヌーカー)" 後半

CCTV5でやっていたスヌーカーを見て、
UK時代を思い出して懐かしくなっていたところ、
若干「ちょっと違うなあ」ということに気がついた。

中国人と思われる選手がイギリス人選手と試合をしていたのだ。

まあ、だからCCTV5が放送していたのか、とある意味納得がいったのだが、
それにしても中国人選手がスヌーカーをやるとは。

スヌーカーをご存じない方は、よくわからないかもしれないが、
これはきわめてイギリス人向きのスポーツである。

どうしてかというと、スヌーカーは自分が玉を入れる、という目的を遂げるため、
「いかに相手を邪魔するか(それによって次に自分を有利にする)」が勝負の鍵で、
もちろん玉を突く技術は非常に高いものが要求されるものの、
それが同等レベルなら「うまく相手を邪魔できたほうが勝つ」、
つまり、言ってみれば陰険さを競うスポーツだといってもよい。

※わかりやすくしているだけで、悪口ではありません、念のため。

イギリス人以外がこんなスポーツを好きになることはないと思っていた。

中国人は、イギリス的(スヌーカーみたいな陰険さ比べ)ではなく、
アメリカ的(豪快に玉を突くビリヤード)だと思うのだが。

ただ、スヌーカーも、この相手を邪魔する陰険さ比べが終わると、
玉を自由にコントロールする高い技術を駆使して、
台の上にあるたくさんの玉を次々にポケットに入れていく段階に入り、
「いったいどの玉をどういう順番で入れていくんだろう」
という我々素人の疑問を、選手がまるでパズルを解くがごとく解決していくのは、
見ていて 気持ちがよい。


実際は、かなり強い中国人選手もいるみたいだし、
UKで行われている大会なのに、イギリス人選手のユニフォーム
(といってもジャケットのない3ピーススーツみたいな洋服)の
胸のところに中国企業の広告がいくつも縫い付けられているところを見ると、
中国でのスヌーカー人気は、かなりありそうである。

2012年6月12日火曜日

"斯诺克"(スヌーカー)" 前半

十数年前、UKに4年ほど住んでいたことがある。

UK発祥のスポーツで、世界に広まったものはたくさんある。
サッカー、ラグビー、テニス、ゴルフとか。

でも、UKでしかやられていないスポーツもたくさんある。
クリケット(野球の元になったもの)が代表的なもので、
これはUKだけでなく旧植民地であるインドやパキスタンでも盛んである。

 もっとマイナーなものもある。たとえば「ボーリング」。

「ボーリングって他の国でもメジャーじゃん」

と思うかもしれないが、そのボーリングはUKでは「10ピンボーリング」という。

UKで「ボーリング」と呼ばれるのは別の競技で、
内容は一言でいうと「芝生の上で丸いボールを使って行うカーリング」 。

芝生なのでカーリングみたいにブラシ(?)で掃いたりできないが、
それを除くと、ほとんどカーリングである。


このボーリングは実際どのぐらいUKで盛んなのかよくわからないが、
少なくとも当時はテレビで結構放送されていた。


UKだけで盛んなスポーツはもうひとつある。それはスヌーカー(snooker)。


スヌーカーというのは、ビリヤードに似たスポーツだが、
台がビリヤードよりかなり大きく、さらに一つ一つの玉のサイズが小さいため、
技術的な難易度はかなり高いように思われる。

ビリヤードと違って、スヌーカーは日本では全くメジャーではない。

UKでのスヌーカーは、クリケットほどではないが、
ボーリングよりずっとメジャーで、年中テレビで大会をやっている。

当時、UKでスヌーカーの大会をテレビでよく見ていたが、
出ている人はイギリス人ばかりだった。

中国に来て驚いたのは、CCTV5(中国中央テレビのスポーツ専門チャンネル)で、
UKと同じぐらい頻繁にスヌーカーを放送していたことだった。

2012年6月8日金曜日

疑問文への答え方

例えば、"你是日本人吗?"という文であれば、回答は"是"であることは分かる。

たぶん意味的に言うと、"是"は英語で言うところの"Yes"に相当するような気もするが、
文法的には"是"は英語のbe動詞のようなものだから、
"Yes, it is"のisだけでYesを含めた全体を表しているような感じがする。


では、"昨天你看他吗?"でも、"是"なのか?

この場合は、"是"ではなく、"看了"と答えることになる。
先ほど同様"Yes, I saw him"の"saw"つまり"看了"でYesの意味も含んでいる。


さらに、"原宿在东京吗?"であればどう答えるか?

なんとなくだが、この場合は"在"でも"是"でも"対"でも答えとし
て成り立つように思われる。
実際の会話の時に誰かにこう聞かれたら、たぶん私は"対的"と言ってしまうだろう。

「原宿は東京にあるんですか?」「そうです」

みたいな感じで。

これは文法的にどうなのだろうか。

あまり自信がないので、こういった疑問文に答えるときは、
いまだに「これで本当にいいのか」という逡巡がある。


日本語も英語も、とにかく「はい」とか「Yes」と言えばとりあえず会話が成立するが、
中国語はそういう万能の言葉がないから困る。

2012年6月4日月曜日

再见瓜师

また、外来語、かつスポーツネタで申し訳ない。


今日たまたまCCTV5のスポーツニュースを見ていたら、
FCバルセロナのグアルディオラ監督辞任のニュースらしき画面とともに、

 "再见瓜师"

のタイトルが出ていた。

これは、どう見ても「グアルディオラ監督さようなら」という意味であろう。


毎度のことだが、通じればいいってもんでもないような...


続いてのニュースでは、中国サッカーリーグでのゴールシーンと
おぼしき映像とともに"里皮"の文字が現れ、
銀髪の監督がガッツポーズしていた。

そして、選手のユニフォームには"恒大"の文字が。

「えっ?あのリッピが中国リーグ(広州恒大)の監督してるの?」

本当に驚いた。

サッカーが好きな方なら良くご存知だと思うが、リッピといえば、
ユベントスや、イタリア代表チームを率いてきた超のつく大物監督である。

日本でもJリーグが始まったころは、ジーコを始め世界の有名選手が
たくさんきていたものだが、監督は、どちらかというと「今後有望な」タイプが
多かったし、リッピほどの超大物監督はいなかった。

いまのJリーグではなおさら、こんな大物の招聘は決してできないだろう。

もちろん、必ずしも大物監督が望ましいというわけではなく、
個人的には現在のJリーグの外国人監督のレベルは高いと思っているけれども、
少なくとも、中国の勢いというか、経済力を改めて思い知らされるのは確かだ。

そういえば、ドルトムントで活躍していたパラグアイ代表のバリオスも、
たしか 広州恒大に移籍したはず。


また、ACLで何年ぶりかに中国のチームが予選リーグを突破した
というニュースを見た気がするが、そのチームはたしか広州恒大だったはずだ。

リッピを招聘した効果は十分出ているように思う。

中国がサッカー大国になる日も、そう遠くないかもしれない。

2012年6月1日金曜日

マルとバツ

中国に来て「日本とこれは違う!」と思うことはいろいろあるが、
今日の話題はその中でも、個人的にかなりビックリしたものである。

テストの採点などの際、回答が合っている場合は「マルをつける」といい、
実際の答案用紙には「○」を書いて表す。

間違っている場合は「バツをつける」といい、
実際の答案用紙には「×」もしくは「チェックマーク(下記)」を書いて表す。






さて、中国ではどうなのか。

なんと、合っている回答には答案に「チェックマーク」をつけるのである。

同じマークが、日本とは全く逆の意味なのだ。
こういうのを「コペルニクス的転回」と呼ぶのかもしれない。

仕事していると採点でマルをつけたりする機会はあまりないので、
特に問題は生じないのだが、
日本から中国への留学生のかたや逆に中国から日本へ留学しているかたは、
まず最初にこれに面食らってカルチャーショックを感じるのではないだろうか。

ちなみに、中国でも間違っている場合は「×」をつけるので、こちらは同じである。

いちおう中国語の話もちょっと書いておくと、

・チェックマークをつける、は「画个勾」
・バツををつける、は「打个差」

だそうだ。

バツの方は差を使うあたり、いかにも「ダメ」な雰囲気が出ているように思われる。