だんだん本来の意味からずれた話になってきているが、もう一つ書いてみる。
アメリカ赴任経験がある人が言っていたことだが、
■アメリカの会議では、たとえ変な質問をしても日本のように「なんだお前は」と
白い目で見られることはなく、普通にきちんと答えてくれるので、発言しやすい
ここで「変な質問」というのは、その分野の基礎知識があれば絶対しないような
質問のことだ。
こういう場合日本では、言葉に出さないまでも「素人はこの会議に出るな」
「顔を洗って出直して来い」という表情とともに白い目が返ってくることになる。
アメリカではそういう質問でも普通に「それはね...」といって
きちんと答えてくれる、ということだ。
これは、会議参加者が背景やそれまでの経緯を共有していない(ローコンテクスト)
ことに対して寛容だ、ということで、ローコンテクスト社会であればこそ、
という感じがする。
私は、こういった点に関しても中国は日本よりもアメリカにずっと近いと思う。
少なくとも仕事上においては、変な質問をされること対して中国も寛容なのだ。
ちょっといい例が思いつかないが、他部署もしくは他社とのMTGで、
「ここでこれ聞くか? この仕事しててこんなことも知らないのか?」
と思われる発言が出ても、他の出席者は軽蔑の色を浮かべるでもなく普通に淡々と
話をつづける、という場面に何度も遭遇している。
中国もアメリカ同様「ローコンテクスト的な環境に対しても寛容」なのであろう。
というか、日本が「非寛容」過ぎる、というほうが正しいのかもしれない。
以前ここに「中国語は日本語と英語の間」というのを書いたことがあるのだが、
今回のコンテクストとかいう側面から考えても、
「中国語(の話される環境)はは日本語(の環境)と英語(の環境)の間」
ということができるのではないだろうか。
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